【日経グッデイ掲載】アンヘドニア(失快楽)は「うつ」の症状の一つ

【日経グッデイ掲載】東京・大手町の精神科医 Dr.五十嵐良雄の診察室番外だより
アンヘドニア(失快楽)

コロナ禍で在宅勤務&リモートワークが当たり前になり、大きく働き方が変わったという人は多いでしょう。しかし、誰もがこうした「働く環境の大きな変化」に柔軟に対応できるかというと、そう簡単な話ではありません。しかも、環境の変化を強いられている期間はすでに長期に及んでいます。当初はどうにか対応してきた人たちの中にも、限界を超えて、うまく対応できなくなる人も現れてきています。

環境の変化に適応できなくなる時のこころの症状

環境の変化にうまく適応できなくなると、身体や気持ち、日常にどういうこころの症状が表れるかというと、

・食欲が落ちる
・よく眠れない日が増える
・気分がゆううつになることが増える
・仕事がはかどらない、能率が落ちる

といった症状が出てきます。

これらは、いわゆる「うつ」の症状です。そして、こうした症状のほかに、「以前は楽しいと感じていたことを、楽しいと感じられなくなる」という症状があります。例えば、「今まで、好きで欠かさずに見ていた好きなスポーツ中継番組を見ても、以前のように面白いと思えなくなった」「身体を動かすのが好きだったのに、前のように楽しいと感じなくなった」というようなことです。

アンヘドニア(失快楽)は「うつ」の症状の一つ

青春時代の楽しみが年齢と共に失われていくというのとはまったく違って、そういう症状が出る。うつ状態の症状です。何となく楽しくない、楽しめない。面白くない。これは、アンヘドニア(失快楽)といって、今まで楽しいと思えていたことを実感として楽しめなくなる、「楽しい」と感じられなくなる、「わくわく」しなくなるという、「うつ」の症状の一つです。

「以前、好きだった〇〇よりも、いまは△△が楽しい!」というように、単に興味の対象が変わって、現在も心から楽しめる対象がある場合は、これはアンヘドニアには当たりません。

新しい楽しみを見つけたわけでもなく、これまで、楽しんでいたこと、好きだったことが楽しめなくなったという症状に思い当たり、上記の食欲や睡眠の様子など、その他の症状も既にあって、複数の症状が出ている場合は、うつの症状が表れている可能性があります。できるだけ早期に精神科のクリニックを受診することをお勧めします。

「心から楽しめるようになる」は、うつからの回復の目安

さて、このアンヘドニア(失快楽=以前楽しかったことが楽しめなくなること)は、それまで健康だった人にとっては心の不調の目安になりますが、逆に、すでにうつの症状があって、休職などをしていた人にとっては、この「アンヘドニアの“消失”=心から楽しめるようになる」ことが、うつからの回復の目安になります。

つまり、「うつの症状が表れる以前に、楽しいと思っていた趣味を、また楽しめるようになった」「心から楽しいと思える、わくわくする新しい趣味に出会った」というような事象は、楽しいと感じる、こころの機能が回復したという表れでもあるわけです。

わたしの患者さんのAさんは現在56歳で、大手企業に勤務する会社員ですが、短い「そう状態(気分が上がり、高揚している状態)」の後に、長い「うつ状態」がやってきて、「そううつ」を繰り返す双極性障害という病気で会社を休職していました。この双極性障害というのは、ごく短期間の「そう状態」があることを確認して初めて診断できる病気で、診断がとても難しく、一般的なうつとは薬も違えば、治療方法も異なる病気です。

そのため、誤って「うつ」と診断されてしまうと、休職を繰り返すことになりやすいという特徴があります。

Aさんも正しく診断されるまでに3回休職

Aさんも正しく診断されるまでに3回休職を繰り返したこともあって、人事からの評価は厳しく、50歳で子会社に出向して管理職になりましたが、仕事はあまりなく、いわゆる閑職に置かれました。さらに、コロナの影響で勤務先企業は大赤字となり、Aさんの給与もカットされることになったと言います。それを機に、Aさんは今後の人生を考えるようになり、先日の診察で、こう言いました。

「先生、わたしもそろそろ定年が近づいてきて、もうこれ以上、出世するなんてことはあり得ないし、定年退職後の老後を、どうやって健康的に過ごすかを考えるようになりました。実は、いま小さな畑を借りて、週末に野菜を作っていますが、これがとても楽しいんです」と、Aさんは言います。

聞けば、畑を借りて、土を耕して、野菜作りに詳しい人に教えてもらいながら、いろいろな野菜を植えて育てていると言います。自分で育てた野菜がとてもおいしく、家族でそれを食べるのが何より嬉しいと、Aさんは笑顔で話す。

「土をいじり、水をやり、肥料を与え、汗をかきながら、日々成長していく野菜たちを見るのが楽しい。手をかければ、かけただけ成長がうれしくて。そして収穫の喜びがある。自分が育てた野菜を、家族でおいしく食べていると幸せを感じ、やりがいを感じます。」

「定年まで働いたら、退職後は再就労はせずに、貯金と退職金と年金で、倹約しながら、つつましく野菜作りの農業を楽しみ、自分で作った野菜を食べる。そんな暮らしをしていきたいと思うようになりました。」と、彼はそう言って笑う。

明るい笑顔は病気からの回復

コロナうつ

その彼の明るい笑顔を見て、「ああ、この人は心から野菜作りを楽しんでいる、楽しめているんだな」と、わたしは彼の病気からの回復を実感しました。心から楽しいと思える。これは、うつから回復しつつあるという証拠と言えるのです。

うつから「治る」というのはそういうこと。彼が楽しく野菜作りを続けていけば、今後の老後にも充実した人生を歩んでいけるのではないか。生き生きと生活していけるならば、薬もいずれ要らなくなる。完全に薬をやめられたら、病気は治ったということです。

かつて、同じような患者さんがいました。その彼はIT企業の部長で、うつの症状が出て休職しましたが、釣りが大好きで、釣りをしているとわくわくする。そして、いっぱい釣れるものだから、それを誰かに食べさせたいと、そこにもわくわくして、結局、彼はIT企業を辞め、自分が釣った魚を出す居酒屋を作ったら、薬がいらなくなり、病気が治った。うつが治るというのは、そういうことなのだろうと思います。

うつからの回復、実はその判断は難しい。

実は、うつの症状から回復したかどうか、その判断は難しいのです。

例えば、以前、料理が得意で大好きだった人がうつになると、料理に興味を持たなくなります。なぜかというと、気分がゆううつな状態が続くからです。そして、うつの症状があるときは、集中力がなく、頭がうまくまわりません。料理は手順や調味など、いろいろ考えながらやらなければいけないことがたくさんあります。集中力が無い状態では、料理はできない。

では、うつの症状から回復してきたら、どんどん料理ができるようになるかというと、集中力が戻ってきて、気分もゆううつではなくなって、意欲もある程度、回復すれば、料理もできるようにはなるでしょう。それでも、料理ができるようになっても、「以前のようには料理を楽しめない」、「料理作りにわくわくしない」「義務的にやっている」といった、そういう中途半端な状態になることはよくあります。それが「アンヘドニア(=楽しみを失う・失快楽の状態)」です。

料理ができるようになっても、以前のようには楽しめない。「できる」と「楽しいと感じる・わくわくする」は大きく違います。その差は大きな壁でもあります。また、うつからの回復時というのは、「ゆううつではなくなった」「特にうつの症状はなくなった」という段階で、患者の何が、どう、良くなっているのか、わかりにくいという一面があります。

中途半端な病状の回復状態で薬を辞めてしまうのはNG

うつからの回復時でも、「まだ通院しているの?」とか「ときどき会社を休むけれど大丈夫?」「いつまで治療を続けなければいけないの?」と、そんな風に思っている家族はたくさんいます。

そういう時に、あることに興味を持って、心から楽しめているというのは、状態が改善してきて、病気が良くなっているということの表れであり、証拠だと考えてよいのです。実は、そういうところでしか、うつからの本当の回復は確認できません。というのは、中途半端な病状の回復状態で薬を辞めてしまうと、以前と同じ症状が比較的早期にでてくることをよく経験します。つまり、症状が再燃するのです。

つまり、野菜づくりに心から楽しさを感じられているなら、それがうつの症状からの本当の回復の印だと考えていいということです。うつを患っている人や、その家族にとっては一つの目標になります。

「できる」から、さらに回復してきて、ようやく以前のように「楽しめる」ようになる。それが病気からの回復です。病気になる前の、以前の自分に戻るという意味では「楽しめる」ようになることが100%の回復でしょう。病状の症状が改善しただけの状態で、心から楽しめていないという場合は、まだ本当の回復には至っていないということです。

逆に言えば、コロナ禍の渦中にあっても、生き生きと、わくわくできる、心が躍る、心から楽しいと思えることを持ち続けられれば、それはすなわち、ストレス解消につながり、それが「うつを遠ざける」ことであり、とても大切だということです。そこは我慢せずに自分を解放して楽しむことが、コロナ禍での健康維持のポイントだと言えるでしょう。

さて、皆さんは心から楽しんで、わくわくしていますか?

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